
日本が律令国家(りつりょうこっか)として大きな一歩を踏み出した奈良時代、中国をはじめとした大陸からは様々な文化や品物がもたらされました。仏教の伝来によって各地に国分寺が建てられると共に、その影響を色濃く受けた華やかな天平文化が広まります。多くの美術・工芸品が輸入され、それを模して改良していくことで、後の時代まで伝わる日本独特の工芸技術が伝承されるようになります。日本の工芸の出発点とも言える、奈良時代について紹介します。
奈良時代とは?
奈良時代は、一般的には710年に奈良の平城京に都が遷都(せんと)されてから、794年に京都の平安京へ都が遷されるまでの期間のことを示します。この84年間の間に、日本が律令国家として機能するための基礎が作られます。中国の唐の都・長安を手本にして作られた平城京には多くの政治家や官僚が暮らし、唐の律令を参考にして作られた大宝律令を日本に合うよう擦り合わせて試行錯誤しながら天皇中心・中央集権を目指した時代です。
唐との交流が深く、遣唐使を派遣して大陸から多くの文化や美術・工芸品などがもたらされました。その中には仏教が含まれており、これにより全国に国分寺が建てられます。この頃花開いた文化が、仏教の影響を強く受けている天平文化です。鎮護国家(ちんごこっか)の象徴である東大寺の大仏をはじめとし、興福寺の阿修羅像や聖林寺の十一面観音立像などがつくられたのもこの時代です。(すべて奈良県)
唐から持ち込まれた多くのものは、美術・工芸品を作る上での重要な技術や技法を伝えるだけでなく、その後の日本独自の発展を遂げて現在に至るまで多くのものの下地となって受け継がれています。
天平文化と正倉院(しょうそういん)
奈良時代に建てられた正倉院には天平文化を代表する美術品や工芸品が収蔵されています。正倉院は校倉造(あぜくらづくり)と呼ばれる建築方法で建てられた高床式倉庫で、そこに収められている数々の品は日本でつくられたものだけでなく、中国の唐やペルシャなどの輸入品も含まれており、絵画、木工、漆器、陶器やガラス製品、楽器など多種に及びます。現在整理済みのものだけでも、およそ九千点に及ぶと言われているため、その膨大さが良くわかると思います。その品々は保存状態が非常に良く、その要因となったのは正倉院が校倉造という木造建築であったことや、木材として使われていたヒノキや宝物を保管していた箱のスギの木が温度や湿度を自然と調整してくれたからと考えられています。
正倉院に多くの品が収蔵されるようになった始まりは、756年、聖武天皇の七七忌に合わせ、妻であった光明皇后が天皇の冥福を祈り、天皇遺愛の品など六百数十点ほかを東大寺の大仏様へ奉献したことによります。その後も光明皇后は聖武天皇や自身のゆかりの品を正倉院へと納めました。これらは千年以上も朝廷の監督の下、東大寺によって管理されていましたが、その重要性を鑑みて1881年(明治8年)に内務省の管轄に置かれ、現在では宮内庁が正倉院の建物や宝物を管理しています。
大陸文化の影響から日本独自の技術の確立へ
正倉院には聖武天皇と光明皇后にまつわる品が多数納められ、その多くが奈良時代のものです。特に正倉院に収蔵されている品物の中にはヤコウガイなどの貝殻を利用した、螺鈿細工(らでんざいく)を施された物が多く残されています。唐から伝わった「螺鈿紫檀五弦琵琶」は世界で唯一現存する五弦の琵琶で、当時の日本では再現することのできない高度な技術が使われていたと考えられています。
※螺鈿:貝殻内側の真珠色の部分を薄く種々の形に切って、漆器などの表面にはめこんだ伝統工芸品などの装飾技法のひとつ
しかしその後、平安時代に入ると、螺鈿の技術は漆器の装飾技法として蒔絵と共に用いられるようになり、急速に発展しました。室町時代に再び中国との交易が始まるようになると中国の技術も取り入れながら更に進化させていき、安土桃山時代には螺鈿と蒔絵の技術を使って作ったコーヒーカップなどをヨーロッパへと輸出するようにもなります。当時のヨーロッパでは「南蛮漆器」と呼ばれたこれらの工芸品は持っているだけで自身のステータスを象徴できる物として非常に人気が高かったそうです。江戸時代に入ってヨーロッパとの交流が減少して以降、螺鈿細工は国内向けの商品として広がるようになりました。そして絵画・金工・漆器・木工・刀剣・陶器・ガラス製品・楽器・・・・、後の日本の伝統工芸に大きな影響を与えました。
正倉院の収蔵物は、毎年秋に約70点が一般公開されています。普段見ることのできない貴重な品の数々を見ることができます。調査によって新たな事が発見された宝物の展示も行われるため、実際に見てみることによって、より深く当時の文化を感じることができるかもしれませんね。
(noren Ichiro)
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