ざっくり歴史人物シリーズ!『徳川家康』


日本の文化発展に大きな影響を与えた江戸時代は、徳川家康が江戸幕府の初代征夷大将軍となってから始まりました。徳川家康の手によって江戸周辺は大きく発展し、大きな戦争などを起こさないための国づくりに奔走したことで、江戸時代はその後250年余りも続き、その間大きな戦争が起きることはありませんでした。そんな徳川家康は日本では誰もが知っている武将として称えられています。

 

波乱万丈な幼少時代

徳川家康が生まれたのは1543年で、6歳になる頃には今川家の人質として捕らえられるという波乱万丈な幼少期を過ごすこととなりました。その間は多少の迫害はあったものの、人質としては厚遇されていたそうで、しっかりとした教育もきちんと受けてもらえていたといいます。このころにその後の上司となる織田信長にあっていたそうで、その後の人生に繋がる大きなきっかけになったといわれています。今川家から開放され、16歳で元服を向かえた後は、今川義元の姪である築山殿を妻に迎えることとなりました。

 

世渡り上手な武将

元服を迎えてからは今川家の下で様々な戦いや治安維持などを行っていましたが、桶狭間の戦いで今川義元が討たれた後は、混乱に乗じて織田信長と同盟を結び、当時の名前であった元康から家康に改名して、今川家からの独立を果たしました。その間に徳川姓への改姓も行い、徳川家康として様々な戦で活躍しました。ところが織田信長が本能寺で明智光秀に討たれると、同様に織田信長の下で活躍していた豊臣秀吉が一気に天下統一に近づき、その際織田家から離れて豊臣家の下に就くことを勧められたのをきっかけに、豊臣家に忠誠を誓い、上の地位に立つことに成功しました。このように徳川家康はその時期のトップの人材の下で働くことが多く、そのあたりが世渡り上手な武将として有名となった理由といわれています。

 

天下統一に向けての動き

豊臣秀吉の下で忠実な部下として働き、豊臣秀吉の天下統一に大きく貢献した徳川家康でしたが、天下統一後は政略結婚などで他の武将とのつながりを強固なものにして、徐々に徳川家を大きな組織として成長させていきました。その後、豊臣秀吉が病没すると、今までよりも大きな組織として成長していた自分たちがトップに躍り出ようと、一気に天下統一に乗り出しました。豊臣家の一人を抱え込んで自分が実権を握ろうと動き、関が原の合戦では豊臣家の後継者を置こうと考える他の武将と激しく戦い、見事勝利を収めたことで、朝廷から征夷大将軍として認定され、徳川家康がほぼ天下を統一したと呼べる状態になりました。その後はまだまだ力が残っていた豊臣家を、大阪夏の陣と冬の陣の二つの戦いで大きく衰えさせ、豊臣家が滅んだことで完全な天下統一を果たしました。

 

徳川家康の統治

徳川家康の統治は、戦国時代を意識したそれとは大きく異なり、戦後を意識した統治だったといわれています。豊臣秀吉が天下を統一した際は、朝鮮出兵などで国力を高め、部下に土地などを献上して組織を維持しようと考えた結果、逆に国力を弱める結果となりましたが、徳川家康は国内で組織を維持するための手段を数多く考案しました。まず宗教の力を強めるのを防ぐため、キリスト教の信仰を禁止させ、外国との交易もごく限られた地域でしか行わない鎖国を行うようになりました。次に他の地域を治める大名に対しての待遇も、豊臣家のように優れた人材にしか管理を任せない政策から改めて、世代が変わっても安定した環境下で藩を運営できるように、採用した人材の死後も同様に藩を管理させるようにしました。これにより他の藩が家康に反発しないようにし、さらに人質を江戸に置き、定期的に江戸まで大名に来させて藩の予算を削り、国力を高めないようにすることで、250年にも渡る平和な社会統治を実現させました。

 

健康志向の持ち主

徳川家康はとにかく国を安定して統治するために、様々なことに取り組んだ人物として知られています。中でもユニークなのが、今までの武将に無かった健康志向を持っていたという点で、とにかく長生きするために全国各地から多くの医学者や薬学者を集めて、病気などにならないようにしていたといいます。さらに適度な運動と健康的な食生活にも努め、当時の日本では余り行われなかった獣肉を食べる薬喰いも積極的に行っていたといいます。とはいえ晩年は安心したのか、好物のてんぷらや鯛を食べるなど、多少の贅沢もするようになったそうですが、当時としては長命の75歳まで生きた事は、生前の努力が実を結んだ結果なのではないでしょうか。

 

東京の有名な観光スポットとして知られる江戸城(現皇居)は、徳川家康が天下統一を果たした後に、日本の政庁として利用した城です。このほかにも日本には江戸時代に生まれた様々な建築物や文化があり、建築物は有名な観光スポットとして多くの人が集まり、浮世絵や焼き物などの文化は世界各国で貴重な芸術品として注目を集めるようになりました。自分たちの組織を長く維持するために考え出されたであろう徳川家康のアイデアは、当時も予想しなかったであろう形で日本の発展を促し、現在の日本を作る下地となっています。

(noren Taro)

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